PDFの署名は2種類ある:印影画像と電子署名、そして各国の法律

PDFに貼った印影・サイン画像と、証明書で作る電子署名は技術的にまったく別物です。仕組み、PAdES規格、日本の電子署名法第3条、EUのeIDAS、米国ESIGN法、韓国の2020年改正を整理します。

everytooleverywhereallatonce · 公開

請求書や見積書のPDFに角印の画像を貼って送る。日本ではごく普通の光景です。受け取る側もたいてい気にしません。けれども同じ「PDFに署名(押印)する」という言葉の下には、技術的にまったく別の2つが混ざっています。1つは紙の印影をまねた画像、もう1つは文書の内容と数学的に結びついた暗号の署名です。この2つを区別できると、「この書類はこれで足りるのか」を自分で判断しやすくなります。

画像の印影:貼った瞬間にコピーもできる

PDFに文字・画像を追加するようなツールで印影画像を載せると、ファイルには画像オブジェクトが1つと、それを描く命令が加わるだけです。この画像は文書のほかの内容と何の関係もありません。

  • 誰でも画像を取り出して別の文書に貼れます。
  • 貼った後で本文の金額や日付を書き換えても、ファイルには痕跡が残りません。
  • ファイルを見ても、誰が貼ったのかは分かりません。

だからといって無意味ではありません。署名や押印が法的に示すのは主に「この人がこの内容に同意した」という意思であり、その意思はメールのやり取りや、その後の取引の履行といった別の証拠でも示せます。ただし争いになったとき、画像そのものの証明力は弱く、結局は周辺の証拠が頼りになります。

電子署名:ハッシュと秘密鍵で文書に結びつける

証明書による電子署名は公開鍵暗号を使います。署名者は秘密鍵を持ち、対になる公開鍵は証明書に入れて公開します。PDFへの署名はおおよそ次の手順です。

  1. 署名データを入れる空き領域を残してファイルを保存する。
  2. その空き領域を除いた全バイト(ByteRange)のハッシュを計算する。
  3. ハッシュ(と署名時刻などの属性)に秘密鍵で署名し、証明書と一緒にCMS形式でまとめて空き領域に入れる。

検証する側は同じ範囲のハッシュを計算し直し、証明書の公開鍵で署名値を確かめます。1バイトでも変わればハッシュが変わり、秘密鍵がなければ合う署名値を作り直せません。つまり電子署名が保証するのは、署名後に文書が変わっていないこと(完全性)と、その秘密鍵の持ち主が署名したことの2つです。

「秘密鍵の持ち主は誰か」に答えるのが証明書です。認証局が本人確認をして発行した証明書なら、Acrobatなどは信頼リストと照合して署名者を表示します。自分で作った自己署名証明書では「署名者の身元は不明」と表示されます。暗号の強さは同じでも、身元の保証が違います。

PAdES:長く使える署名のための規格

PDF規格(ISO 32000)にも署名形式はありますが、欧州ではETSIが定めたPAdES(ETSI EN 319 142)が事実上の基準です。PAdESのベースライン署名は署名辞書のSubFilterに ETSI.CAdES.detached を使い、署名証明書を指す属性を署名対象に含めるなどの要件を加えます。そして4つのレベルを定義しています。

レベル 加わるもの 意味
B-B 基本の署名 署名と署名者の証明書
B-T 信頼できるタイムスタンプ 「この時刻より前に署名が存在した」ことを第三者が保証
B-LT 検証情報(証明書チェーン、失効情報) 認証局がなくなってもオンライン照会なしに検証できる
B-LTA 文書タイムスタンプ 定期的に更新して、アルゴリズムが弱くなっても証拠を保つ

電子契約サービスで「長期署名」と呼ばれるのも、この考え方です。個人の電子証明書は数年で期限が切れますが、契約書は10年後にも証拠として必要になることがあります。期限切れの証明書による署名が「署名時点では有効だった」と示すには、第三者が署名時刻を保証し、当時の失効情報を文書に一緒に入れておく必要があります。

このサイトのPDF電子署名ツールはISO 32000の基本形式(adbe.pkcs7.detached)で署名します。完全性と署名者証明書の確認には十分ですが、タイムスタンプも長期検証情報もないので、PAdESのベースライン署名ではありません。行政手続きなどで形式が指定されている場合は、その指定に従ったソフトを使ってください。

日本:電子署名法第3条と「本人だけが行うことができる」

日本では「電子署名及び認証業務に関する法律」(電子署名法、平成12年法律第102号)が2001年4月1日から施行されています。第2条で電子署名を定義し、第3条は、本人による一定の要件を満たす電子署名が行われた電子文書は真正に成立したもの(本人の意思に基づき作成されたもの)と推定する、と定めます。要件の核心は、その電子署名が「本人だけが行うことができることとなるもの」であることです。紙の文書に本人の印鑑による押印があれば真正な成立を推定する民事訴訟法第228条第4項の仕組みを、電子文書に移したものといえます。

2020年以降、クラウド型の電子契約が広がるにつれ、サービス事業者が利用者の指示を受けて事業者自身の署名鍵で署名する方式(いわゆる立会人型・事業者署名型)が第3条の推定を受けられるかが問題になりました。2020年9月4日、総務省・法務省・経済産業省はQ&Aを公表し、署名の過程で利用者本人だけが行えるといえる程度の固有性が確保されていれば(二要素認証などの例が挙げられています)、第3条の電子署名に当たり得るとの考え方を示しました。このQ&Aは2024年に一部改定され、現在はデジタル庁も所管しています。

なお、マイナンバーカードの署名用電子証明書は、秘密鍵がICチップの中にあって外に取り出せない仕組みです。PFXファイルとして読み込む方式のツールでは使えず、対応するカードリーダーとソフトが必要になります。

EU:eIDASの3段階

EUは2014年のeIDAS規則(Regulation (EU) No 910/2014、2024年に規則2024/1183で改正)で加盟国共通の枠組みを作りました。電子署名を3段階に分けます。

  • 単純電子署名:署名の意思で付した電子データ全般。スキャンしたサインや同意のチェックも含まれ得ます。
  • 高度電子署名(AdES):署名者と一意に結びつき、署名者を識別でき、署名者だけが管理する手段で作られ、後からのデータ変更を検出できるもの。証明書によるPDF署名はこれに当たり得ます。
  • 適格電子署名(QES):適格署名生成装置と適格証明書による高度電子署名。

第25条は、電子的である、あるいは適格の要件を満たさないというだけで電子署名の法的効力や証拠能力を否定してはならないとし、適格電子署名には手書き署名と同等の効力を与えます。ある加盟国の適格証明書に基づく適格電子署名は、他のすべての加盟国でも適格電子署名として認められます。

米国:技術中立のESIGN法

米国では2000年に成立したESIGN法(合衆国法典第15編第7001条以下)が州をまたぐ取引に適用されます。電子署名を「記録に付され、または論理的に関連付けられ、署名の意思をもって実行・採用された電子的な音、記号または手続」と広く定義し、署名・契約・記録は電子的形式であることのみを理由に法的効力を否定されない、と定めます。特定の暗号技術は求めないので、メール末尾に名前を打つことも状況次第で署名になり得ます。ただし遺言、家族法関係、裁判所の命令などは適用除外で、消費者への法定通知を電子的に行うには別途同意の手続きが必要です。

韓国:2020年の「公認認証書」廃止

韓国は1999年の電子署名法で、公認認証機関の「公認認証書」による署名だけに押印と同じ効力を推定していました。2020年6月に全部改正された電子署名法(法律第17354号)が同年12月10日に施行され、「公認認証書」「公認電子署名」という概念そのものが廃止されました。改正法第3条は、電子署名は電子的形態であることだけを理由に署名・押印としての効力を否定されないこと、そして法令や当事者間の約定で署名の方式として電子署名を選んだ場合はその電子署名が署名・押印の効力を持つことを定めています。

画像の印影で足りる場合、足りない場合

どの国の法律も「電子的だから無効」とはしません。ですから実際の問いは「効力があるか」より「後で争いになったとき、何で証明するか」です。一般論として整理すると次のようになります(個別の事案は専門家に相談してください)。

画像の印影や簡易な電子署名でおおむね問題ないもの:

  • 継続的な取引先との見積書・注文書で、メールなど別の経路にも合意の記録が残るもの
  • 社内稟議や議事録の確認など、組織内に別の記録システムがあるもの
  • 金額が小さく、争いになる可能性が低い日常的な取引

証明書による電子署名や法律で定められた方式を検討したいもの:

  • 法令が特定の方式や書面・自署を求める書類(行政への提出、一部の不動産・金融関係書類、遺言など)
  • 対面で本人確認をしていない相手との高額な契約
  • 数年後にも「署名後に一字も変わっていない」ことを示す必要があり得る文書
  • 相手方が特定の形式(EUの適格電子署名など)を明示的に求めている場合

技術面でもう1つ。電子署名は署名後の変更を明らかにしますが、内容を隠すわけではありません。署名した契約書を送りつつ内容も守りたいなら、別にPDFのパスワード設定が必要です。ただし署名済みのファイルに後から暗号化をかけるとファイルが書き直され、署名が壊れます。順番を決めておくか、両方に対応したソフトを使ってください。

出典